依頼者と被依頼者の間で発生するモラルハザード問題について―入山章栄『世界標準の経営理論』を読む(第二回)

By | April 9, 2021

基礎的な問い

以下のような、依頼者と被依頼者の間で発生するモラルハザードの原因は何なのか・どのようにすれば解決可能なのか。

依頼者被依頼者
株主
「株主価値を最大化するような経営を望む」
経営者
「将来的な投資を踏まえて配当を行わない」・「取締役としての任期が終えるまで問題が発生しないよう一切チャレンジしない」
経営者
「部署の売上の最大化を望む」
管理職
「今期の予算は達成済みのため、残りの売上が来期に計上されるよう調整する」
管理職
「部下の成果の最大化を望む」
部下
「仕事量の増大を回避するため、バレない程度にサボる」
発注企業
「サービスの質の最大化を望む」
受注企業
「工数の増大を回避するため、適切な範囲でサービスの質を落とす」
依頼者
「返信に対する即時のレスポンスを求める」
被依頼者
「別作業を優先するため、返信を後回しにする」

原因の解明

依頼者(プリンシパル)と被依頼者(エージェント)の間で発生する上記のようなモラルハザード問題の原因は以下の二つの原因に分類可能である。

目的の不一致(=依頼者と被依頼者間の利害と関心の相違

情報の非対称性(=依頼者による非依頼者の行動の把握・監視の困難さ

従って、例えば「上司が部下に任意の作業を依頼したにもかかわらず当該の部下が適度にサボっている」という例の場合、部下によるサボリというモラルハザードの原因は下記であるということができる。

①当該作業を早く終わらせる利益やその作業に対する興味が部下に欠如している

②一定のサボりが上司にバレることはないと部下が認識している

解決策

モラルハザードの発生は被依頼者による合理的な行動の帰結である。

従って、倫理的・精神論的な解決策は効果的ではなく、「目的の不一致」と「情報の非対称性」を是正するルールや組織デザインを行うことが有効である。具体的には、以下に挙げるインセンティブとモニタリングをその解決策として挙げることができる。

■インセンティブ(=「目的の不一致」の解消策)

任意の手法で被依頼者に関して特定行動への動機づけを行う。

代表的な手法としては「経営者に対する業績連動型の報酬orストックオプションの付与」・「従業員に対する成果報酬制度の導入」を挙げることができるが、何らかの精神的な報酬によってこれを代替することも可能である。

■モニタリング(=「情報の非対称性」の解消)

任意の監視の仕組みを導入することで、依頼者-被依頼者間の「情報の非対称性」を是正する。

代表的な手法としては、「企業に対して株主の関係者を取締役として送り込む」・「企業に対する社外取締役や監査役の導入」のほか、「従業員に対する業務内容の報告ルールの策定」などを挙げることができる。

インセンティブとモニタリングの限界

インセンティブの導入が逆に不正の動機づけとなったり、モニタリングの導入・運用がコストに対する成果を生み出さなかったりなど、インセンティブやモニタリングが解決策とならないどころか反作用を生み出してしまうケースも多々あるため、注意が必要である。